GNC-SNS原始遺伝暗号仮説

遺伝暗号の起源解明に向かって

生命活動の源は当然のことながら遺伝子(遺伝情報)とタンパク質(触媒機能)にある。その 遺伝子の働きは遺伝暗号の仲介を受けてタンパク質の合成となって現れ、そして初めて機能する。しかし、これまで遺伝暗号は単に遺伝子上の塩基配列(3つ組み塩基:トリプレット)とタンパク質のアミノ酸(配列)の対応関係を示すものだとだけ考える傾向が強かった。
一方、遺伝暗号は遺伝子とタンパク質を結びつけるものであり、したがって、遺伝暗号の起源の解明は、遺伝子やタンパク質の起源の解明につながる可能性を持っている。この点を考慮すると、遺伝暗号は生命の基本システムの根幹をなす極めて重要な、恐らく、遺伝子やタンパク質と同程度に重要な要素の一つであると考えることができる。そこで、私は全く新規な遺伝子は GC 含量の高い遺伝子のアンチセンス鎖上のノンストップフレームから生まれるとの GC-NSF(a) 新規遺伝子仮説(遺伝子の起源の項を参照)をもとに、遺伝暗号の起源を考えることとした。

GC-NSF(a) の性質から SNS 原始遺伝暗号へ

なぜ、GC-NSF(a) が全く新規な遺伝子を生みだす能力を持っているのかを知るため、GC 含量の高い遺伝子のコドン塩基位置ごとの塩基組成を調べた。その結果、コドンの第一塩基位置と第三塩基位置ではもっぱら G と C (これをまとめて、S と呼ぶ)が使われているのに対して、第二塩基位置では、4種の塩基がほぼ均等に使用されていること、即ち、SNS の繰り返し配列となっていることが分かった。
そこで、第一塩基位置と第三塩基位置とでは A と T を使わない、SNS だけの繰り返し配列でも、タンパク質の構造形成条件(現存の水溶性で球状のタンパク質が持つ平均的な以下の6つの性質 (1)疎水性・親水性度、(2)α-へリックス形成能、(3)β-シート形成能、(4)ターン・コイル形成能、および、(5)酸性アミノ酸含量と(6)塩基性アミノ酸含量)を満足出来るかどうかをコンピューターで調べた。
その結果、SNS だけの繰り返し配列でもタンパク質の6つの構造形成条件を満足できることが分かった。このことは、SNS という 16 種の遺伝暗号が 10 のアミノ酸をコードする暗号でも、水溶性で球状のタンパク質を高い確率で形成できること、言いかえれば、普遍遺伝暗号の前の原始的遺伝暗号が SNS であった可能性の高いことを示している。

SNS 原始遺伝暗号から GNC 原初遺伝暗号へ

次に、SNS 原始遺伝暗号よりも単純な遺伝暗号があり得るのかどうかを、水溶性で球状のタンパク質を形成する 6 つの性質 (1)疎水性・親水性度、(2)α-へリックス形成能、(3)β-シート形成能、(4)ターン・コイル形成能、および、(5)酸性アミノ酸含量と(6)塩基性アミノ酸含量、からより重要度の低い酸性アミノ酸含量と塩基性アミノ酸含量の二つを除いた、4 つの条件を使って調べることとした。
その結果、4 種のGly [G], Ala [A], Asp [D] および Val [V] をコードする 4 種の遺伝暗号からなる GNC なら、4 つの条件を満足できることが分かった。このような解析を進めた結果、私は遺伝暗号が GNC 原初遺伝暗号から始まり、 SNS 原始遺伝暗号を経て、現在の普遍遺伝暗号に達したという  GNC-SNS 原始遺伝暗号仮説を提唱しているのだ。

GNC-SNS 原始遺伝暗号仮説
(参照)
  1. A Novel Theory on the Origin of the Genetic Code: A GNC-SNS Hypothesis. Kenji Ikehara, Yoko Omori, Rieko Arai and Akiko Hirose, J. Mol. Evol., Vol. 54, 530-538 (2002).
  2. Origin and Evolutionary Process of the Genetic Code. Kenji Ikehara and Yuka Niihara, Current Medicinal Chemistry (CMC) Vol. 14, No. 30, 3221-3231 (2007).