[GADV]-タンパク質ワールド仮説 (GADV 仮説)

生命の起源を研究する意義

私達人類はどこからきたのか。そして、もしもこの地球上で生命は確かに誕生し、人類へと進化したのだとしたら、どのような経過を経て生まれ出てきたのか。また、生命は極めて小さな確率の極めて希な現象の中で偶然の結果としてこの地球上に生まれたのだろうか。それとも生命は起こるべくして起こった必然の結果として生まれたのかなど、生命の起源に関する議論は古くから多くの人によって行われてきた人類にとって最も大きな関心事の一つである。
それに対して、生命の起源を研究することは、約38億年前の原始地球上で起こった(かもしれない)、現在の実験室では再現が不可能と思える問題を取り扱うことになる。そのため、生命の起源を研究するのは科学的ではないという意見すらある。 しかし、また一方で、生命の起源に関する問題には、遺伝子や遺伝暗号、そして、遺伝情報の翻訳システムやタンパク質の基本的な構造とその機能に関する本質的で重要な問題が含まれていることも事実である。したがって、私は生命の起源というその解決が困難な問題であっても、このような問題に立ち向かうことを避けるべきではないと考えている。

GADV仮説を思いつくに至った経過

ただ、私は最初から生命の起源の問題に取り組もうと思って研究を始めたわけではなかった。しかし、偶然でもあったが、遺伝子の起源から研究を始め、最終的に生命起源の研究に取り組むこととなった。その具体的なきっかけは、今でも全く新規な遺伝子が生まれているとしたら、それはどこからどのようにして生まれるのかという遺伝子の起源に関する研究であった。
その結果、まず最初に新規遺伝子の生成に関する考えに到達した後、続いて引きずり込まれるように遺伝暗号の起源に取り組み、遺伝暗号の起源に関する独自の考えについても提案することができた。続いてタンパク質の起源に関する考えに達した後で、最終的に生命の起源に関するGADV仮説を提案することができたのである。

  1. 遺伝子の起源( GC-NSF(a)新規遺伝子生成仮説)
  2. 遺伝暗号の起源( GNC-SNS 原始遺伝暗号仮説)
  3. タンパク質の起源(タンパク質の0次構造仮説)

私はこうして遺伝子の起源や遺伝暗号の起源、タンパク質の起源などについての新しい考えをそれぞれ提唱することができた。そして、私は最も初期の遺伝暗号が Gly [G]、Ala [A]、Asp [D]、Val [V] という構造の簡単な4種のアミノ酸をコードするGNCから始まるのではと思い、この地球上で最初に生まれたタンパク質は、[GADV]-アミノ酸でできた [GADV]-タンパク質だったはずだとの思いを強くしていた時に、突然、 [GADV]-タンパク質の擬似複製が頭の中に閃き、生命の起源に関する [GADV]-タンパク質ワールド仮説(略して、GADV仮説)を思いついたのである。
なお、[   ] は塩基であるアデニンの A やグアニンの G との混乱を避けるため、[ ] 内のアルファベットがアミノ酸の一文字記号であることを示すためのものである。ただ、GADV 仮説と書く場合はアミノ酸の記号であることが自明であるため [   ] を省略している。

4 種の [GADV]-アミノ酸でできた [GADV]-タンパク質の擬似複製によって形成された [GADV]-タンパク質ワールドから生命がうまれた

[GADV]-タンパク質ワールド仮説(略して、GADV 仮説)

遺伝子とタンパク質の間の「ニワトリと卵」の関係はどのようにして作られたか?

1956年に Watson と Crick によってDNA の二重ラセン構造が発見されたことによって、遺伝子の働きや遺伝情報の流れは良く理解できるようになった。しかし、一方で「生命の起源」を考える上では極めて不都合になった。というのも、遺伝子の機能を働かせるためにはタンパク質が必要であり、タンパク質を合成するためには遺伝子がなければならないといういわゆる遺伝子とタンパク質の間に「ニワトリと卵」の関係の存在することが分かったからである。

RNA ワールド仮説によって考えられている「ニワトリと卵」の関係の成立過程

この遺伝子とタンパク質の間に見られる「ニワトリと卵」の関係がどのようにして作り上げられたのかという難問を解決するために提案された考えが、RNA にもタンパク質(酵素)と同様の働きを持つリボザイムの発見をきっかけとして提出された RNA ワールド仮説である。この RNA ワールド仮説による「ニワトリと卵」の関係の成立は次のように考えられている。
(1) まず、触媒活性を持つRNAなら、RNA 自身が遺伝子となり、かつ、触媒となり得る。このことから、RNA なら自己複製が可能で RNA ワールドが形成できること。
(2) その後に、RNA の持つ遺伝的機能は DNA に移され、RNA の持つ触媒機能はタンパク質に移されたと考えられている。したがって、現在の遺伝情報の流れが、DNA から始まり、RNA(mRNA)を経てタンパク質に伝えられているのだ。即ち、RNA が DNA とタンパク質の間に位置しているのだと考えられた。この考えは確かに面白い考えであった。そのため、多くの人に受け入れられ、現在でも生命の起源を説明するための主流の考えとなっている。

RNA ワールド仮説のもう一つの解決が不可能と思える大問題

しかし、良く考えるとこの RNA ワールド仮説による遺伝子とタンパク質の間の「ニワトリと卵」の関係の成立過程には、大きな説明が困難な問題が存在する。なぜなら、RNA の持つ遺伝情報を DNA に移すことは、逆転写過程によって可能であろう。しかし、三次構造を持つことで可能となっている RNA の持つ触媒活性を、どのようにして三次構造があって初めて触媒機能を発揮するタンパク質に移すのかという問題が残る。私には、どう考えても RNA の持つ触媒活性をタンパク質に移すことが可能だとは思えない。

GADV 仮説による「ニワトリと卵」の関係の成立過程

それでは、私の主張する GADV 仮説では、私が遺伝子とタンパク質の間の「ニワトリと卵」の関係の成立過程をどのように考えているのかについて説明することとしたい。私は次のように考えている。
(1) [GADV]-タンパク質による擬似複製によって、多様な触媒活性を持つ [GADV]-タンパク質が多数合成され、[GADV]-タンパク質ワールドが形成された(この時点では遺伝情報というものはなく、[GADV]-アミノ酸間での直接的でランダムなペプチド結合の形成によって [GADV]-タンパク質の合成が行われていた)。
(2) 続いて、この多様な触媒活性を持つ[GADV]-タンパク質によって、ヌクレオチドやオリゴヌクレオチドが合成された。
(3) 次に、[GADV]-アミノ酸と GNC を含むオリゴヌクレオチドの間での立体化学的関係を通じて、GNC 原初遺伝暗号が成立した(この時点では、GNC 原初遺伝暗号による [GADV]-タンパク質の合成が行われていた)。
(4) 原初遺伝暗号内の GNC が互いに連結されることによって、一本鎖の (GNC)n 遺伝子が形成された(この時点での遺伝情報の流れは、一本鎖の (GNC)n 遺伝子(今でいう mRNA に相当)が GNC 原初遺伝暗号を通じて、[GADV]-タンパク質を合成していたのである)。
(5) 続いて、一本鎖 (GNC)n 遺伝子の相補鎖の合成によって、二重鎖 (GNC)n 遺伝子が形成された。
(6) こうして最終的には、二重鎖 RNA 遺伝子の塩基配列が逆転写過程によって DNA に移され、現在の DNA → mRNA → タンパク質という遺伝情報の流れが完成した。
以上のように、GADV 仮説に基づくと、 DNA → mRNA → タンパク質からなる現在の遺伝情報の流れは、最も下流の [GADV]-タンパク質の擬似複製から始まり、GNC 原初遺伝暗号の成立、一本鎖 (GNC)n 遺伝子(mRNA に相当)の形成、二重鎖 (GNC)n 遺伝子の形成、そして、二重鎖遺伝子の形成というように、遺伝情報の流れを一歩ずつあるいは一段階ずつ遡るように形成されたと考えて説明できる。ただ、私はいずれの時期にも遺伝情報の流れは、GNC 原初遺伝暗号からタンパク質、一本鎖 (GNC)n 遺伝子から GNC 原初遺伝暗号を通じたタンパク質合成、二重鎖 (GNC)n 遺伝子から GNC 原初遺伝暗号を通じたタンパク質というように現在の遺伝情報の流れと同じ方向に流れていたと考えている。

← 生命システムの形成方向

GADV(ニワトリと卵)
GADV(ニワトリと卵)

遺伝情報の流れ →

[GADV]-タンパク質の触媒活性を (GNC)n 一本鎖 RNA 遺伝子や (GNC)n 二重鎖 RNA 遺伝子に移すことができるか?

GADV 仮説に基づいて、私が現在の遺伝情報の流れは、最も下流の [GADV]-タンパク質の擬似複製から始まり、[GADV]-タンパク質の触媒活性を一本鎖 (GNC)n 遺伝子や二重鎖 (GNC)n 遺伝子に移すように形成されたと考えているように思えるかもしれない。したがって、多くの人が [GADV]-タンパク質の触媒活性を本当に遺伝子に移すことができるのか?という疑問を持つのかもしれない。もちろん、[GADV]-タンパク質の触媒活性を遺伝子に移すことはできない。
それでは、私が[GADV]-タンパク質の擬似複製から始まった生命の基本システム(DNA → mRNA → タンパク質からなる現在の遺伝情報の流れ)はどのようにして形成されたと考えているのかを以下で説明する。GNC 原初遺伝暗号が成立した時点では、[GADV]-アミノ酸間でのペプチド結合の形成という直接的な [GADV]-タンパク質合成と本質的には同じであった。しかし、GNC 原初遺伝暗号の成立によってより効率的に [GADV]-タンパク質を合成することができたのだろう。そのことが原初 GNC 遺伝暗号の成立に寄与したのである。
次に問題となるのが、一本鎖の (GNC)n 遺伝子や二重鎖 (GNC)n 遺伝子の形成段階である。これらの段階は、一本鎖の (GNC)n 遺伝子や二重鎖 (GNC)n 遺伝子から [GADV]-タンパク質が試行錯誤的に合成され、上手く原始生命の生育にとって有効な [GADV]-タンパク質を合成できた時点で遺伝子が成立した(形成された)と私は考えている。この過程がかなり効率的に行えたその背景には、特別なアミノ酸組成の範囲内でのアミノ酸のランダムな連結によって、水溶性で球状のタンパク質を形成できるという、私の主張するタンパク質の0次構造が有効に機能したからだと考えている。
当然のことではあるが、私は遺伝子とタンパク質の間に見られる「ニワトリと卵」の関係の成立過程については、RNA ワールド仮説よりも GADV 仮説の方がはるかに合理的であると考えているし、生命の基本システムがどのようにして形成されたのかについても、私は GADV 仮説が合理的だと考えている。

(参照)

  1. 「GADV仮説 -生命起源を問い直す-」 京都大学学術出版会, 池原健二 著 (2006年4月出版).
  2. [GADV]-Protein World Hypothesis on the Origin of Life. Kenji Ikehara,“Genesis: In the Beginning: Precursors of Life, Chemical Models and Early Biological Evolution”. Seckbach, J. (ed.) Springer, pp. 107-122 (2012).
  3. Possible Steps to the Emergence of Life: The [GADV]-Protein World Hypothesis. Kenji Ikehara, The Chemical Record, Vol. 5, Issue 2, 107-118 (2005).